草食系鉄人のす・す・め
函館トライアスロンクラブ所属MAEちゃんがトレーニング、大会レポートや日頃感じたことを掲載します
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ハーフアイアンマン70.3常滑9/16
MAE@セントレアです。
今日はお昼ちょっと前に中部国際空港に着き、午後からは名古屋観光してました。
夜
まずはトヨタの産業技術記念館。紡績や自動車産業に携わってきた歴史がわかります。
かなりボリュームがあるので、時間がありませんでした。
綿から糸に加工するまでの過程を説明員のおっちゃんが、実演を交えて丁寧に教えてくれました。
これはなかなか面白く、勉強になりましたね。
夕食は名古屋名物「手羽さき」をエーちゃん、チバさんと一緒に食しました。
思っていたイメージと違って、小さめでカリッとして美味かったです~。
ホテルは空港敷地内の東横インだったので、空港からの移動はすごく楽でした。
しかし、名古屋はなまら蒸し暑いです。海沿いは風も強かったです。
当日は収まってくれればいいのですが。
明日の朝早めにバイクを組み立て、空港内に設置されるのエキスポに行こうと思ってます。
【被災地からの便り】4/9
余震とは思えないほどの揺れがまだ続いていて、現地では不安な日々を過ごしているようです。
被災地でも桜が咲き始めたようですが、皆さんがまた楽しくお花見ができるようになるのは、いつになるのでしょうか・・・。
下記のアドレスのYoutubeの動画を見ると、日本中が一つになって復興を願っているんだと感じます。
有名人も結構出ています。
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前田さん
しばらくご無沙汰しておりました。
幸い先日の余震の影響はありませんでした。停電にもならず助かりましたが、
一か月も経ってからの大きな余震に、またあの日を思い出してしまい、収まりかけていた
恐怖心がまた湧き起ってきました。
今週月曜日から病院が再開し、午前中だけですが外来の診療が始りました。
本職を全うすることが復興につながると信じて、仕事に精進したいと思います。
もう一カ月以上も運動らしい運動をしていないので、そろそろどうにかしたいところですが、
気持ちが落ち着かない日々が続いていて、なかなかその気になりません。
プールも再開するメドもなく、退会しようにも営業スタッフとの連絡がとれません。
きょう、福島県いわき市の小名浜で桜が開花したそうです。季節は確実に進んでいるのに、
この町はあの日以来時間が止まってしまったかのようです。
まだまだ先は長いようです。元気を出して進んで行きたいです。
http://www.youtube.com/watch?v=3CQJuAN2BEY
飯塚
【被災地からの便り】3/27
下記の映像は、今まで見たことのないくらい凄い津波の映像です。
まるでい映画のワンシーンでも見ているような感じ。
自然の力には、どんな防波堤も無力です。恐ろしいですね。
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前田さん
いつも温かいお言葉、お気遣いありがとうございます。
もうすぐ4月だというのに、こちらもまだまだ寒い日が続いております。
市による圏外への退避や自主避難で、避難所にいる方の数もだいぶ減り、避難所の環境もだいぶ良くなってきています。今後は、より長期化した際の感染症、インフルエンザの蔓延などが心配です。毎日避難所をまわり、手洗い、うがいの励行、マスクの着用、定期的なストレッチなどの運動を声掛けしております。
南相馬市も心配ですが、お隣の飯舘村では土壌からも高濃度の放射性物質が検出され、今後の酪農や農業のことが心配されます。
商店の開店やガソリンの供給はまだまだで、週明けのこの一週間でどうなるかという感じです。
きょう、富田さんからお電話をいただき、励ましのお言葉をいただきました。
尊敬する大先輩のお言葉にとても勇気づけられました。富田さんをはじめ、皆様のご活躍を、心からお祈りいたしております。
残念ですがエントリーしていた6月の70.3 HAWAIIは、昨日エントリー、ホテル、航空券ともにキャンセルしました。またいつかあの美しいコースを走れることを夢見て、がんばります。
この映像を見ると、恐ろしいまでの津波のパワーを理解できると思います。
http://www.youtube.com/watch?v=n4oxbUUr130&playnext=1&list=PL7F692676D9A9D2AE
飯塚
【被災地からの便り】3/26
飯塚さんは新たな仕事に就いたようです。
物流も次第に流れ始めたようです。
しかし、原発の復旧が思うように進みませんので、放射線物質の影響が心配です。
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前田さんへ
昨日から、市のボランティアとして避難所での診療や在宅療養中の方への物資の配送などの仕事に就きました。
約7万人の人口のうち、今でも市内には1万人以上の方が住んでいて、市民への食料の配給なども始りました。
時間を決めて、指定場所に住民が取りに行く形ですが、遠くまで移動できない市民にはありがたい動きだと思います。
きょうからごく一部の店舗ですが、市内のコンビニが再開しました。町に帰ってきている人も少しずつ見受けられ、以前よりも動いている車も増えてきたように思えます。
口コミやメディアの報道により、少しずつですが町に戻ってきて仕事などを始める動きが出てきました。ガソリンの供給がもう少し進めば、さらに町は活性化してくるのではと思います。
国からは自主避難の要請が出ましたが、現時点で残留している市民は、動く意思も、方策も無い方がほとんどだと思います。
市民の思いはひとつ、「早期原発問題の収束」です。市民が戻らなければ、復興への第一歩すら踏み出すことが出来ないのですから。
飯塚
【被災地からの便り】3/25
南相馬市は、避難する人が多くなり、ゴーストタウン化しているようです。
残された方たちにとっては、更に厳しい生活環境となってきてます。
飯塚さんからの便りを読むたびに心が痛みます。
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前田さん
ありがとうございます。
すべての商店やガソリンスタンドが閉店しており、生活をしていくため最低限必要な物も手に入らないのが現状です。
放射能の恐怖より、そのことによって生活を続けることが出来なくなり、ほかの所に逃げていく人が多いのです。
そのような状態で、市の方も少ない職員で残っている住民の安全や、生活の支援ができなくなりつつあり、全員退避を考えてきているのではと思います
そんな理由だと思いますが明日、希望する住民を市が用意したバスで群馬県草津町に移動するようです。
病院のスタッフが足りず、患者さんの治療ができなくなったため、患者さんを転院させたことと同じ状況が市民に起こっているということです。
生活に必要な業者の人間も少なくなり、都市ガスなどの安全な供給ができなくなるなどの理由もあるようです。
たった北に17kmしか離れていない相馬市は、津波で被害を受けた沿岸区域を除けば、ほぼ都市機能は回復
しています。
ガソリンは不足していますが、食料品などはどんどん入ってきています。
私たちのように、ある程度自由に動ける南相馬市民は、相馬市などに行って生活用品を調達して生活を続けら
れますが、高齢者などは、もうこの町で暮らし続けることは不可能です。
まず南相馬市に働く人が戻らないと、物資がいくら届いてもそれをスーパーマーケットなどで供給
することもできないし、ガソリンスタンドにも社員がいなければ、いくらガソリンが届いても、私たちは
買うことすらできません。
不確かな情報や、集団心理によって、働くべき人がどんどん出て行ったのが現状の原因だと思います。
私は福島市にいつでも住める状態のマンションを持っています。
さっさとこの町を捨てて出ていけば楽に暮らせるのかも知れませんが、放射能レベルを報道した当初から、福島市のほうがこの町より放射能レベルはずっと高いのです。
それが怖いのではなく、出ていく理由に矛盾を感じるからこそ、この町を出ていけないのです。
いまだに診療を続ける医療機関もあり、勤務する病院が閉院になったものの、残った住民の診療を放棄して
出ていく気にはなりません。
きょうはここから40kmほど離れた川俣町の老人ホームに入所している母の顔を久しぶりに見てきました。
元気に暮らしているようで、安心しました。
ついでに納豆など買い物もしてきたので、まだしばらく籠城生活を続けられそうです。
明日は、院長に外来診療の再開を交渉してみようと思っています。
飯塚
【被災地からの便り】3/23
飯塚さんは避難所へは行かずに自宅に残るそうです。
窃盗、車上狙いが多発しているようなので、自宅を守るために残るんだとか。この大災害の非常時に火事場泥棒とは非常に腹立たしく、怒りがこみ上げてきますね。
この状況で、セコムも頼りにならないとは・・・最後は自分で守るしかないのです。
/////////////////////////////////////////////前田さん
病院の残務仕事もほぼ終わり、ようやく自分の事を落ち着いて考えられるようになりました。
まずは散乱した部屋の片づけや、掃除をして、今後どうするか考えたいと思います。
もうこの町に住んでいる人はかなり少なくなりました。屋内退避区域にもかかわらず、市が希望者を募ってバスで30km圏外の新潟県に市民を退避させたので、集団心理も手伝って逃げて行った人も多いと思います。
店はどこもやっておらず、はじめから離れる気のない我が家は、今後どうやって食材を手に入れて生き延びるかを考えました。
福島市に残してある実家のマンションがあるので、いつでも移れるのですが、この家を離れたくはありません。
長期戦になりそうな様子ですので、残っているご近所さんとコミュニティーを形成し、自衛作線を考えはじめました。ガソリンが少ないので、一台の車でまとめて買い出しをすることなどを相談しました。
さっそく本日隣接する相馬市まで買い出しに行きました。
相馬市では、個数制限などのしばりはあるものの、スーパーでおおむね欲しいものを手に入れることができました。 行列に長時間並ぶ必要がありましたが、幸いなことにガソリンを入れることもでき、これでしばらくは大丈夫だと思います。
この家を離れたくない理由は、こちらの町に入ってくることは誰でも出来ますので、空き巣、灯油・ガソリン泥棒など治安の心配が出てきたことも大きいです。実際に被害も出ているらしいですから。
マスクをして帽子をかぶって手袋してうろついていても、不審者か、残っている住民かの区別はつきませんので、泥棒にとっては天国だと思います。
我が家のセコムも、地震直後から機能しなくなってしまいました。セコムの社員もいないらしいです。
こうなると、もう自分の家や財産は自分で守るしかありません。
きょう、川崎に避難していた友人が、一時帰宅した際にいろいろ差し入れをもらい、普段より豪華な食事をしてしまいました。避難所生活の方に申し訳なく思っています。
みんな仕事の事や学校の事をとても心配しています。私も、病院がはたして再開できるのか、解雇されるのではないか、仕事の事が心配です。
この震災でみんな人生設計が変わってしまったと考えています。
農家や酪農家の方々の事を考えると、むなしくなってしまいます。
本当の戦いはこれからですね。
愚痴のような内容になってしまいました。すみません。
飯塚
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